Tommy FlanaganのI'll Close My Eyesについて解説します
- 2024年10月27日
- 読了時間: 12分
こんにちは、ジャズピアノ研究室管理人の田中です。
これまで、ウィントン・ケリーのI’ll close my eyes(勝手に命名:アイクロ)とハンプトン・ホーズのThere will never be another you(Fメジャー)について解説した記事を書きました。今回はTommy Flanaganのアイクロです。
これまで何度かアイクロや、その類似のコード進行がジャズのコード進行を包括的に学ぶのに向いている。という説明をしてきましたので、その流れです。
〇ウィントン・ケリーのI'll Close My Eyesのアドリブについて解説します、はコチラ
〇ハンプトン・ホーズのThere will never be another youのアドリブについて解説します、はコチラ
〇ジャズスタンダード「I'll Close My Eyes」型のコード進行が、ジャズの練習に適している理由、はコチラ
一応繰り返しておくと、あくまでツーファイブワンの進行をパーツとして学ぶことに向いているだけだということは留意するべきでしょう。とは言っても、その「だけ」というのが、結構貴重だということです。
ということで、本題に入ります。今回はTommy Flanaganのアイクロのソロについての解説です。「トミフラ、この曲やってる?」と思われた方は鋭い指摘ですが、ちゃんと音源があります。ただしリーダー作品ではありません。トランペットのDusko Goykovichの「Soul Connection」のサイドとして参加しており、その中での演奏です。YouTube音源
アルバム全体的に、落ち着いた、どちらか言えば静かな夜に向いた様な雰囲気であるため、ウィントン・ケリーやハンプトン・ホーズのようなMedium Fastのテンポで快調に弾き倒す演奏ではありません。
その分、トミフラのエレガントで格調高い特徴が分かりやすいと言えるでしょう。もちろん、トミフラの速めのテンポにおける八分音符の美しさも言うに及びませんが、私個人としては、トミフラに限らず、概して今回の様なミディアムテンポでじっくりスイングする雰囲気を好みます。
そんな私の好みはどうでも良いとして、前回までの記事では、小節を細かく区切り、一つ一つフレーズについて説明を加えました。少しくどい部分もあったように思うので、今回は、適宜ピックアップしながら進めて行きます。
それからこの演奏は、ミディアムテンポでフレーズを非常に歌っているため、細かい拍の割り付けや音の強弱(アクセント)等は、とても譜面に表せていません。このことを頭に入れた上で譜面を確認してください。
ちなみに、上記の様な歌いまわしが上手くないと、ミディアムテンポの曲はフレーズがスイングしません。これが、テンポをミディアムにしたところで、(ロストしたり、八分音符自体の指回りが追い付かないという事態は避けやすくなるものの)ジャズのフィーリングで演奏できるようになるわけではない、大きな理由の一つです。
前置きが長くなりましたが、それでは見ていきましょう。




<最初から楽譜を再掲載します>

最初の和音は、ペットソロ明けのバッキングの延長のような音量です。技術的には所謂ドロップ2であり、4ウェイクローズと呼ばれる密集体の上から2番目を1オクターブ下に落としたものです。基本的な運指は最低音のみ左手、他3声を右手で良いでしょう。FM7とGm7が交互に出現するのは、ダイアトニックアプローチと呼ばれるものです。Gm7はFメジャーキーにおけるダイアトニックコードのⅡ度マイナーですので、FM7のコード内で、Ⅰ度であるFM7と行ったり来たりできるというものです。
このようなテクニカルボイシングはある程度、理屈の勉強や技術習得のための基礎練も必要だと思います。しかし一方で、今回のように音源で登場することで、理論書や教科書では希薄になりやすい実際の演奏シーンを直接感じ取ることができます。理論と実践のバランスは個人の感覚に依るところがあるとは思いますが、どちらか一方に偏り過ぎては上手くいかないだろうと考えています。
3小節目の「ファ」のゴーストノートですが、こういった細かいタッチが非常にスイング感に影響します。音使いとしては、A7までシンプルに弾いています。使っている音の種類が少ないので、スケールを特定しようとするのもナンセンスです。
やはり6小節目はG7には行っていません。
7、8小節のB♭M7へのツーファイブ(Cm7-F7)も非常にシンプルな音使いですが、F7の最後にB♭Mの3度である「レ」に行っています。その後、B♭M7でテーマメロディを踏襲するようなフレーズにしているからでしょう。ここは、ウィントン・ケリーも似た様なフレーズですね。
B♭M7の小節内で、次のE♭7を先取りしています。トミフラはこのフレージングが多いです。スケールはE♭7でのリディアンセブンスと考えれば良いでしょう。従って理屈っぽい説明をすれば「ファラド」が特徴的な音使いになります。
11、12小節は、この音源ではFM7の後、Dm7に行く進行としているようです。フレーズ(と左手のボイシング)は、Dm7に行く前にA7が挿入されています。「ド#」でDm7の「レ」に上手くアプローチしています。
13小節はしっかりBm7♭5に行っています。よって、この「ミ」は11度の音になります。最後のラの後に聞こえる「ソ#」は左手の音のはずです。E7を4拍裏で食っています。
次のE7のフレーズは正直よく聞こえません。しかも、聞こえる限りの音から判断できる運指の詳細が不明です。おそらく記譜した感じになるかと思いますが、結構無理があります。「シ(の♮)」はE7のオルタードには含まれませんが、トップノートと3度を作るためと考えれば、スケールとしてはオルタードで良さそうです。次のAm7に行く典型的なドミナントの音使いです。
※そうすると、厳密には「ソ」は#9になるので、ファのダブルシャープです。
15小節目のD7は、左手はD7ですが、右手はE♭のメジャーを弾いているし、16小節目のGm7も右手のフレーズと左手のボイシングの整合性が(あくまで理論的には)説明できません。右手と左手は別物として、右手のフレーズだけなら説明できますが、そこまでする必要もないでしょう。少なくとも私には、聞いていて違和感があるとか、ミスタッチをしているようには聞こえません。

FM7のブルージーな重音が良いですね。トミフラの場合、このようなブルージーな音使いでもいつもどこかエレガントさがあります。ピーターソンとも、ウィントンとも、ジーン・ハリスとも違います。(あ、もちろん、それぞれが良いんですよ。)
その後は、左手で軽い補助みたいな音が入っていますが、トミフラはこのような左手のオブリガードやユニゾンが非常に上手いです。
Em7♭5はシンプルな音使いですね。A7では、半音でのアプローチ等は含まれますが、3拍目くらいまで一気に駆け上がる所はオルタードです。トップ音の「ド」がしっかり強調されて拍にはまっています。その後の3、4拍は、次のDm7に向けた典型的なアプローチです。特にミ、ソ、「ファ(Dm7の3度)」ですね。そして、この2拍からDm7にかけて非常にフレーズが歌われています。音を聞き取ることは難しいことではないですが、問題は、こういった非常に細かいタッチを習得、真似して自身に取り込むことができるかどうかということです。
この後、しばらくそういった歌われたフレーズが続きます。ゴーストノートや3連符のアクセント、F7での装飾的な3拍目などです。更に続いて、26小節の3度音程の連続で小さな山場を迎えます。いやあ、ここは難しい。(ハンク・ジョーンズも、こういった3度、ちょこちょこ出てきますね)
27、28小節目ですが、FM7とD7の間にE♭7が入って、スムーズなベースラインが出来ています。ちなみに、ここも右手ではAm7♭5的な音使いですが、左手はセブンスコードとなっています。(E♭7とA7はお互い裏コードなので、ほぼイコールです。)
D7のトップの「ラ」が良いアクセントですね。最後の「ド、ラ、シ♭」はGm7の3度へのディレイドリゾルブ+4拍裏で食って入っています。
C7は少しブルージーな音ですね。ミ♭、ミのあと、「ファ」で直接FM7のルート音に行って、シンプル過ぎる音使いにならないように、「ソ」に寄り道して、ミ、ソ、ファとしています。コードの変わり目の表拍に解決させるのが基本中の基本である一方、この回り道の感覚も非常に大事です。両者をそれぞれどの程度用いるかのバランス感覚を養うには良いフレーズをたくさん聞くのが一番です。

コーラス2周目に入った所で、音使いとしてはシンプルで、スケールでもアルペジオでもない細かいフレーズ。プチ盛り上げだと感じます。実に様々な長さの音が使われていて、自分では絶対に思いつかないと思うわけであります。
A7では前と同じく、細かい音で駆け上がっています。やはりトップの音が拍にはまって気持ち良いですね。というか、トップが綺麗にハマるように、適宜、運指の都合で半音とかが挿入されているのだと思われます。
F7の1拍目は若干記譜に無理がありますが、こんな感じですということで。
41小節目のB♭M7ですが、今回は、着地は3度の「レ」になっています。後半でテーマメロディを踏襲していますね。
この後しばらく、ドロップ2やシアリング奏法が続きます。(多少、音採りミスってるかもしれませんが悪しからず。)繰り返しになりますが、ドロップ2は上から2番目の音を1オクターブ下に下げ、最低音のみ左手で演奏するのが一般的です。
そして、シアリング奏法は、右手で4ウェイクローズを弾いて、左手でトップノートの1オクターブ下を弾くのが一般的です。(ちなみに最低音と最高音の10度音程はエヴァンスの特異技ですが、余程よく聞かないと、ドロップ2とシアリング奏法の変形か分かりません。)
話をトミフラに戻しますが、FM7の所では、FM7だけでなく、Gm7やC7(♭9)でFM7にアプローチして、サウンドを豊かにしています。Gm7は最初と同じで、ダイアトニックアプローチです。C7(♭9)は♭9のレ♭が入っているボイシングで、ディミニッシュアプローチともドミナントアプローチともとれます。メロディーでツーファイブワンのファイブワンを行っているイメージです。
Dm7からはしばらくシアリング奏法になります。
このあと、しばらくややこしくなります。先にE7後半部分について説明してしまいます。基本的にE7(♭9)、要するに♭9の「ファ」で、ルートのミを代替した、ディミニッシュコードのシアリング奏法の連続です。
(※ディミニッシュとトライトーンの関係はこちらの記事をお読みください。「有料級ジャズ理論 詳説トライトーンサブスティテューション」)
それを踏まえて、45小節(Bm7♭5)の最後は半音下のEディミニッシュからアプローチしていると考えると素直だと思います。
そして、振り返ってE7の前半に注目すると、最初のコードでファ#が聞こえてきており、この音使いが意図したものなのか、ミスタッチなのか、少々判断が難しいです。(トミフラを山ほど耳コピした人ならば他の音源での使用音などから判断可能かもしれませんが、残念ながら、私の頭にそこまでのデータベースはありません。)しかし、以下の理由から、個人的にはミスタッチだという気がしています。
つまり、こういうことです。ミスタッチであれば、本来弾きたいのはE7(♭9)であり、それに伴い2個目の和音がCM7と解釈可能です。E7はCM7へ解決可能ですので(繰り返しますが、詳細は上の理論記事に記載)、理論的には無理がありません。
そして、最後に、46から47小節でE7-Am7という普通のファイブワンです。
D7からGm7におけるアプローチのコードは、なぜこういった音なのか正直よく分かりません。
その後のGm7-C7は素直な音使いです。
ややこしい説明が続きましたが、正直、コードに慣れていなかったり、ジャズ理論を勉強し始めたばかりの人が理解するには高度な内容です。分からなくても気にせずに読み飛ばして頂いて大丈夫です。継続して取り組んでいけば、いずれ分かるようになるはずですので、まずはとりあえず実際に弾いてみて音使いを感じるだけで十分だと思います。

49小節目のFM7ですが、左手で何か弾こうとしていますが、一部の音に関しては、こればかりは正直よく分からないと言わざるを得ません(少なくとも私にとって)。よって、記譜は省きました。
Em7♭5の3拍目から、A7のオルタードに入っています。今度はたっぷり溜めたフレーズになりました。ここも、細かく記譜するにはフレーズの歌いまわしが絶妙すぎるように思います。
55、56小節のCm7はクリシエ的な音(ド、シ、シ♭)でF7に食い込み、F7の2拍目の頭に3度のラに着地しています。また、F7の4拍目のファ、ミ♭と来たら、B♭M7では素直に3度の「レ」に行っても良さそうですが、やはりテーマのメロディを踏襲しているように感じます。1コーラス目の最後のC7-FM7の時と違い、ルート音へ解決するわけではないので、「レ」に行っても良い気もしますが、テンポも速くないので、少し回り道しているのかもしれません。
E♭7以降、また3度が登場しますが、今度は何となくこれで終わり感があります。こういったフレーズや雰囲気は、逆循環を終わらせる時にも勉強になるフレーズだと思います。 D7のオクターブの「レ」を伸ばした後に、前打音付きの「ラ♭」でアクセントをつけて、またフレーズを引き締めているように思います。
62小節目は通常C7ですが、トミフラはG7のオルタード(D♭7のリディアンセブンス)的な音使いをしています。ただし、右手のフレーズはさておき、左手はすぐにG7(D♭7)の後にC7を弾いています。結局、G7のオルタードもD♭7のリディアンセブンスも同じですので、考えやすい方で良いと思います。
要するに右手はC7を感じさせませんが、左手のみ、C7に行っているということです。ちなみに、62小節のベースラインはGm7-C7です。
64小節から、65小節目のコーラス頭に戻るGm7-C7ですが、Gm7の所でGm7を弾く前にD7(♭9)のドロップ2が挿入されています。また最後のC7の付点四分音符は、左手2音、右手2音のスプレッドと考えるのが妥当ですが、記譜の都合上一段です。
以上、トミフラのアイクロを見てきました。テンポがミディアムテンポということもあり、ウィントン・ケリーやハンプトン・ホーズの様な八分音符中心の、所謂フレーズ集に掲載されているような「これぞバップフレーズ」みたいなフレーズはあまり見られませんでした。
しかしその分、複雑な和音が見られたり、とても譜面に書けないような細かい歌いまわしやピアノタッチを学ぶことができると思います。
また、複数の音源を比べることで、プレーヤー各自のコード進行の解釈や、各コードに使われている音使いの違いも感じ取ることができたのではないでしょうか。
※それと、今回登場したテクニカルボイシングですが、当サイトのYouTubeチャンネルの音源(https://youtu.be/OEhUFVOd3Pg 酒バラ、
https://youtu.be/MlLHLJGgy-A Stella by Starlight)にも簡単に載せておりますので、こちらも参考にしてみてください。
今回の記事があなたの役に立てば幸いです。
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